6磐城平藩の浜支配どころ “小名浜陣屋”を古湊(米野村)に設置
 磐城平藩内藤家『伊呂波寄頭書』によりますと、享保11年(1726)「小名御殿」とか、同15年「小名陣屋」等を設けており、早い時期から漁業・海運業の統括支配のために諸策を講じられています。
 また、内藤家最後となる殿さま内藤政樹候のころには、米野村とは異なりますが「西町の合浜通りに御出陣所、これあり」と、西町を中町の間に施設名を見出すことができさらに、中島村の南側屋敷改め帳には「一屋敷、十間・十五間、五畝歩、御陣屋」と施設名が出ており、全部の所在は疑いますが、それなりの設置箇所の変遷を感じることが出来ます。
 そして、本命の米野村は、
「一、屋敷二反七畝歩 津奉行屋敷
     右建家
 一、家 九 間   壱棟
三 間
右仕切
奥四間   (15畳)
二 間 」

でした。


米野村の各大名の米蔵図

米野村にあった小名浜津奉行の面積
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